千鳥が縁の桜はまだ咲いております。
去年の今頃、桜の咲く頃には、かならず思い出す人ができてしまった……、と思った通り、去年と同じ場所で夜桜を見ておりました。
電話でミツトシ君に「いい天気だねぇ」といえば、彼もすぐに意を察し、夕刻、千鳥が縁の「無名戦士の墓」の入り口にいらっしゃった。
昨年、いっしょにいた旧・結書房のO君は、なんだか●●関係の会議があるとかで、こられませんでした。
靖国の満開の花の下、英霊たちと呑めや歌えや、のお楽しみ。
そんなわが人民にとけ込まずして、会議とは。
いけませんね、こういうことでは、●●派に未来はないよ(笑)。
(って、よく知らぬ政治グループまで、こんなこと言ってると、管制塔グループの評価をさげちまう)。
ミツトシ君は言います。
「この間、谷中墓地で花見をしたのさ。Sさんというすっかり原田に心酔していた人がいてね。
千根津あたりをぐるりと回って、ここで原田さんがどうした、こうしたって……」
で、わたくし
「そっか、もう、原田君を偲ぶ花見はやっちゃったわけね。心酔かぁ…、原田君の名前で思わず笑っちゃうこちとらのギャップというかさ、評価の違いってどこからでてくるんだろうね(笑)」
前年の5・8で逮捕されたけれど、保釈されていた原田君が、3・26の現場にはおいでにならなかったそうで、その訳を、また、おもしろおかしく悪友どもが語りつぎます。
親しみと悪意をたっぷりこめて。
その訳、いえいえ、これも私の口からはとても話せません。
今年の桜は、私たちの青年時代に咲いていた時期に咲いた、と思うのはわたしだけでしょうか。
かつて、さくらは、入学式あたりのものでありました。
さくらをテーマにする歌は、森山なんとか太郎さんのお歌のように、卒業ソングではなかったのです。
さくらは、3・26ではなく、4月になって、あちこちの留置所から移送されて、肩に花びらを散らしながら、赤煉瓦をくぐるのにふさわしいものだったのです。
祝・ご入学!
古来、桜は生命力の象徴でした。
けっして、「ぱっと散り、潔い」と無理無体に美化される花ではありません。
死者が蘇って命を謳歌するために咲く花、それがわたしの解釈です。
さはさりながら、どうせ私もミツトシ君も原田君も、軽薄のそしりを免れず。
散らであれかし桜花 散れかし口と花心
う〜ん、やっぱり閑吟集の歌でも、もひとつのほうが俺らにはふさわしいか。
エネルギーにはいろんな出方があるわいな。
なにせうぞ くすんで一期は夢よ ただ狂へ