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成田空港・管制塔占拠をめぐる物語
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★「開港阻止・管制塔占拠メンバーのいま」2

 *人柄のよい男たち*(『1978・3・26 NARITA』)

――虎頭さんは被告の多くと同世代だったこともあるのでしょうが、法廷闘争を通し、個々の被告と交流を深めていったと聞いています。一個人として、彼らの行為をどう見ていましたか?

 連中のやったことは、農民の土地が奪われようとしていることに義憤を感じ、開港を阻止しようとしたわけでしょう。そこに私利私欲なんてものはまったくない。そういう意味で、純粋な人間たちだと思いました。
 それに、彼らはこの事件で相手方の人間に危害を加えていない。1階で防衛しているとき、火炎瓶で警官が少し火傷したけれど、これも意図的なものではなく、ハプニングで起きたことだった。少なくとも民間人にケガをさせてはいないのは確かでしょう。その点は計画した者も実行した者もきちっとしていた。
 16階に上がった連中も、パラボラアンテナをつたって追ってきた機動隊を落とそうと思えば落とせた。けれど、そういうことはやらなかったでしょ。あくまで目的は開港阻止であり、機動隊と争うことではない、恨みをぶつけることではないという意識が徹底していた。当時の映像を見ると分かるけれど、上の階まで行った連中はほぼ無抵抗で捕まっている。機動隊が管制室の中にガス銃をぶちこんだりしているけれど、16階組の6人は、まったく抵抗していないでしょう。

 そういった闘いであったからこそ、今回の基金運動でも、多くの人々が支援し、目標額に達することができたと思いますよ。本当によく集まりましたよね。
 それは、彼らが、ゴリゴリの活動家でなかったことも関係しているかもしれない。裁判をやっているときも、そんなことを思いましたよ。和多田、佐藤、前田あたりはともかく、ほかは普通の学生や労働者だったでしょう。いろんな活動はしていたけれど、いわゆる専従活動家ではなかった。

 だから、出所したあとも、ほとんどが党の活動から離れ、真面目に仕事をしているじゃないですか。いまは職場でそれなりに信頼されてるみたいだし、役職に就いている者もいる。そういう意味では、大学や、地域、職場から人選するときに、それなりにきちんとした人間を集めたんじゃないかな。人柄を知ると、そんなことも思ったりもします。

 それと、この事件の被告たちの特殊性として、分離組がいたっていう特徴がありますよね。3人が統一公判に加わらなかった。結局、彼らも実刑判決でしたが。普通、こういうセクトがらみの公判で統一公判から分離すると、「あいつら裏切り者だ」と冷たい扱いを受けます。ところが管制塔グループの連中は、「いろいろ事情があったのね」みたいな感じで、「裏切ったな」といった気持ちは全然ない。いまでも、飲み会をやるときには声をかけているし、実際に分離組も参加している。原くんの墓参りに泊まり込みで行ったときも、分離組から1人来ていましたしね。

 今度のカンパでも分離組と一緒にやってたでしょ。一緒に闘った仲間としていまでもつきあっている。戦友意識を共有しているんでしょうね。やっぱり、それは人柄なのかな。みんな、人がいいんだよ。別の言い方をすれば、そういう連中だからこそ、いまに至るまで僕も個人的な付きあいをやってこれたのかな、という感じはします。

――最近も、メンバーと飲みに行ったりしているんですよね。

 まぁ、誰かが上京してくると、「集まるので時間があったら来ませんか」といった誘いがきます。弁護団の中では、私がいちばんそういう会合に出てますね。この前、みんなで韓国に行くときも声がかかったんだけど、日程があわなくて行けなかった。まぁ、集まって飲みに行けば、近況を報告したり、昔話をしたり……。今の世の中の動きについてどう思うかといった議論をすることもある。

 それぞれいろんなことやってて、話をしていても面白いよ。いわゆる活動をやっている人はほとんどいないけれど、だからといって思想・信条を完全に変えて転向したわけではない。何か動けることがあったら地域や職場で動いてみようと思ってる。そういうエネルギーを持っている人が大部分だと思います。
(以上、『1978・3・26 NARITA』より許可転載)

 
 ほめられすぎ、ひいきの引き倒しという気がしないではありませんが、管制塔グループの雰囲気や、今の様子はほぼ正確に伝えています。要するに、あんまり根性バリバリ、威張りやさんはいなかった、ふつうの若者たちであったということであります。そして、いまは、ふつうのおじさんをやっているのであります。

 ほら、あなたのすぐそばに、元カゲキハが……(笑)。

remol
1978.3.26管制塔占拠 | comments(0) | trackbacks(0)

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