★俺たち、タワー・アタッカー!!★

成田空港・管制塔占拠をめぐる物語
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3・26管制塔占拠・開港阻止闘争勝利! (16)

 ミスターXのVサインは、もちろん余裕のある時間帯の話です。管制塔の直下での闘いは熾烈を極めていました。それを眺めおろして、あれこれ管制塔組は論評なんぞをしていたのでした。
何度も同じようなことを書きましたが、警備本部が解体し、一方で、特に地方から動員されていた機動隊は「つまらん、ケガをするのはアホらしい」と考えていたことも確かです。

管制塔を占拠されて、機器を壊されていて、負けははっきりしているのに、部隊を率いる隊長たちがなんで部下を危険にさらさなければならないのか、そう考えたのも当然でしょう。彼らの戦闘意欲が、いまひとつ不足していたのも、その要因も大きかったと思います。

しかし、そうは言っても、いつまでも赤ヘル集団に「やりたいほうだい」を続けさせているわけにもまいらぬわけで……。ここは、はっきりいえば、8ゲート突入部隊の武器を使い切った(火炎瓶を消費してしまった)時点が、撤退のタイミングでした。

これも、管制塔の赤旗に煽られて、とにかくやる気に燃えるメンバーたちが、何度も何度も突っ込んでくる状況の中で、判断が難しかったようです。統制がとれているのやら、とれていないのやら。
「やめろ!」といったところで、やる奴はやるんです。

*撤退のタイミング*(『1978.3.26NARITA』より)
大森●実際に闘ったのは、到着した午後1時半から2時過ぎまでの、約30分じゃないの。
 佐々木●戦闘そのものは、15分程度だと思う。
 一同●長かった感覚があるが、そんなものだったかもしれないね。

大森●大門さんが撤退の指令を出したのは何時ごろですか。
 大門●時間はよく覚えていないな。
 大館●撤退の指令は、私が受けました。私と無線担当者は一度、機動隊に捕まったのだけど、神奈川の体格のよいメンバーが、私たちを助けてくれました。
 佐々木●撤退の指令が来てから、ちかくにいた中隊長や小隊長に伝えたのだけれど、最前線で機動隊と渡りあっている連中にどの程度まで浸透したのかは、まったくわからなかった。むしろ、一度引いた機動隊が放水車を先頭にもう一度、攻撃してくるのを見て、本格的に撤退をはじめた。火炎瓶もなくなってきたからね。
 大森●引くときのことはよく覚えていない。火炎瓶がなくなってきて機動隊との膠着状態がつづき、もうやることがないや、というかんじじゃなかったかな。

 大門●攻撃する時は簡単だが、撤退命令を出してからが大変だった。部隊をまとめて撤退態勢に入るまで、ものすごく時間がかかった。まだ未練がある連中がいて、部隊がなかなかまとまらない。しかも機動隊が退路である丹波山に集まりだした。攻めてくる可能性があると思うから、こちらも構えながら撤退する。実際には、8ゲート突入部隊の被害はそれほど多くはない。ところが、千葉県警を中心とする横堀要塞方面の機動隊は無傷であり、陽動作戦で退路を守っていた部隊は弱かったから、ここで多くの逮捕者が出てしまった。
 大館●警備本部がズタズタになっていることなど、現場は知りようがなかった。ヘリコプターで追跡されていて、われわれは絶対に機動隊に囲まれていると思っていたから、走って一目散に逃げるのではなく、構えつつ撤退というかんじ。撤退するときの機動隊の動きも遅かった。

 大森●部隊に襲いかかって逮捕するのではなくて、空港の外に押し出すという動きだった。
 大門●警察無線は入らず、頼りは部隊の無線だけなのだけど、その部隊がまとまっていない。退路の途中にいくつか砂利山があり、そこにさしかかると、的確に情報を伝えてきたホテル最上階のメンバーや横堀要塞からも見えなくなる。また、無線でつながっている部隊は、全体が見えないから自分たちのことだけを伝えてくる。そうすると頼りになるのはテレビだけという状況になった。
 高橋●大館君が言うように、包囲されていると思っていたから、じりじりと撤退していった。だから、とても長く感じられたな。(『1978.3.26NARITA』より)

 これもまた、撤退戦の難しさは管制塔組の連中は、当然にも知っておりました。だから、機動隊の動きと、じりじりと時間をかけながらひいて行く赤ヘル部隊を、ドキドキしながら見ていました。
まるで、8ゲート部隊の応援団が、今度は管制塔の上にいるようなものでした。
「帰っちゃいやよ、寂しいわ」とは、むろん思いませんでした。

1978.3.26管制塔占拠 | comments(5) | trackbacks(0)

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この記事に対するコメント


余裕があれば出来るというもんじゃないらしいの。

きっと俳優(ロバートレッドフォード)が一世一代の役者を演じきったに違いない(彼は中学高校時代演劇部に所属し、パックちゃんと呼ばれ人気があったらしい)


ところで最近目にした新聞記事。

「仮釈放に比べて支援や指導を受けにくい満期出所者をどう社会復帰させるか?」

だってぇ。

じゃかましい!

大きなお世話ってもんだ。

わしら満期前科もん(帰還兵)が復帰する社会は、社会は社会でも、対抗社会じゃ。

構わんといてくれ。

てなわけで・・・

駄作句は続くーよ どーこまでも

前科もんカンカン踊りがかくし芸

上等上等と笑って生きる前科もん

満期上等男はつらいよ寒の獄

牢(ひとや)にてセンズリかけり壁の穴


ミスターX | 2010/05/29 6:04 AM
このご時世では、刑務所は大変なことになっているらしい。こないだ聞いた話では、独居に二人が押し込められているほど入ってくる(戻ってくる)人が多いそうな。
つまり、未認定の隠れた「生活保護費」がえらい負担になってる。高齢化も進行、介護対策が必須。なんとかせにゃな。こっちの人権問題も考えなきゃ。

それにしてもレッドフォードは、まぁだ、復帰リハビリができとらんらしい(笑)。
せっかくだからつきあうぞ(笑)。

★「この、やくざもん!」編
・長ドスとパイプの違いだ「健」と「憲」
・網走のハマナスよりも赤く咲き

★リハビリまだまだ編
・人前を歩く習いさ歩調とれ!
・缶詰に「カイカンホーチキ〜」の声を待ち

★非合法編
・カンカンの関所を抜ける尻の穴
・すかし屁の穴に入れたるエンコかな
・モク隠し奥まで届かぬ詰めエンコ
・デンパチ後、闇の煙に黄色臭

remol | 2010/05/29 5:57 PM

真面目な話を一つ。

網走で記憶が甦えったわぁ

刑罰が確定したあとの、希望地?の欄に

「健」さんに会えるような気がして、「網走刑務所」と書いた。


そのことを手紙で書いたら、カミさんの「(怒)の返事」が届きました。


この手紙も大切に保管してあり、お宝のひとつに加えたいと思っとります。


刑庭で裏富士ばかり仰ぎおり


ミスターX@憲 | 2010/05/30 12:17 AM
そういえば、今頃だったかな?千葉刑旧四舎の国鉄の目黒君が看守にぼこぼこにされたのは…
イレギュラーず | 2010/06/18 8:59 PM
ブログを書かねばと思うばかりで、ちょっと銭になるとなれば、そっちの仕事に必死にならねばならぬビンボー人。
次のお話はちょっと待って下さいね。

そう、目黒さん。いかにおわすや。
いろんな面白い人があの頃の三里塚派にはいらっしゃいましたが、彼など筆頭格でしたね。

確か、看守にテロられた「証拠物件」として、鼻血を壁になすりつけたなんて話を読んだときは、感心すると共に、なんだか笑ってしまったのでありました。ごめんね(笑)。
remol | 2010/06/19 3:16 AM
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