★俺たち、タワー・アタッカー!!★

成田空港・管制塔占拠をめぐる物語
<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | -
<< も一回、散会・集結 | main | 3・26管制塔占拠・開港阻止闘争勝利! (6) >>

3・26管制塔占拠・開港阻止闘争勝利! (5)

駆け上がって来た前田達は、先行組と合流しますが、「うろうろどたどた」でした。
先行組も「うろうろばたばた」なのです。
すでに先行組が体をぶち当て、パイプやハンマーで開けようとしたドアにまたチャレンジが行われました。

前田はとにかく上へ行こうとしました。
前田は太刀持ち児島を従え、ずどどどっと、15階へ向かったのです。
15階というのは、後に裁判で知ることになるのですが、中二階のような構造で、どうもちゃんとした部屋ではなかったようです。
ただ、上へ礼儀正しくのぼっていくには、この中二階を通っていくしかないのです。

前田は礼儀正しく「開けて頂けないでしょうか」と声をかけ‥‥るわけがねぇよな。
「ジュンちゃん、ここ!」
と、ドアのノブ辺りを指して、叫びました。
前田は続けて「開けろ! 開けんか!」と叫びましたから、ドアの向こうに人の気配がしたことは確かです。
と、いうより、実は16階の管制室から15階のドアに向かって、ソファー、椅子と、必死に投げ下ろしていたそうなのです。

児島は、大ハンマーをぶるん、ぶるん、ドカン、ドカン。
郵便配達の自転車の足が地に届かなくったって、その分、狭いところでも腰は低いし力も入るぞ。いけ! ジュンちゃん!
でも、前田が「きたねぇぞ!」といくら騒いでも、16階にいるらしい人々は、そりゃ開けません。

その間も、他の者たちはうろうろ、どかどか、てんやわんや。
でも、どうにもならんのです。
下からはまもなく機動隊がやってくるでしょう。何とかせねばなりません。
ここで一戦か。ま、俺達が上にいるし、しばらくは有利に抵抗できるでありましょうが。

そんなとき、小泉が声を上げるのです。
「ここから出られるぞ!」
それが所沢・東京ACCに向いているパラボラアンテナのあるベランダでした。
小泉がここの扉を開けて、外へ出る道を見つけたのは、見えないファインプレーでした。

「占拠! 占拠!」と声が上がりました。
上に行けないなら、とにかく少しでも有利な場所を確保するしかありません。
その声を合図のようにして、10人は鉄の扉を潜って、14階ベランダに出たのでした。

間一髪でした。
後部の数人がまだ外に出ていないときに、機動隊は階段に姿を見せたのです。火炎瓶数本、おそらくあの壁塗り職人さんが残していたペンキ入りのバケツが、紺色のヘルメットの上に、放り投げられました。

かくして、10人の赤いヘルメットが、三里塚の春の風が吹く高い舞台に姿を現したのでした。

remol




1978.3.26管制塔占拠 | comments(0) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

- | - | -

この記事に対するコメント

コメントする









この記事のトラックバックURL
http://narita1978.jugem.jp/trackback/37
この記事に対するトラックバック