★俺たち、タワー・アタッカー!!★

成田空港・管制塔占拠をめぐる物語
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3・26管制塔占拠・開港阻止闘争勝利! (1)

みなさま、「3・26」でございます。
いい宵ですね。
春宵一刻、値千金
春雷一撃、開港阻止

3月26日朝、外はきれいに晴れ上がっていたのですね。
管制塔占拠部隊はまだ暗黒の中。部隊を組みなおします。
当初予定した22人が15人にメンバーが減っていました。確かこれを5人ずつの3グループに分けたはずです。

持ちこんだ武器は整理されました。とにかく身軽にして、一気にマンホールから飛び出して勝負できるならしようということでした。
入り口で忍び入るのを見られている以上、出口では機動隊が待ち構えている可能性が高いと考えたのです。

鉄パイプ、大ハンマー、そして触発性の火炎瓶。あとはすべてマンホールの中に置き去っていくか、排水溝の口から小見川へ捨て去ったはずです(置いていてもよさそうなもんですが、そうもいかないものもあったのです)。

「いくぞ!」の声の直前。まだ、党派が違う人間はよく知らない間柄ですから、それぞれの党派で声をかけていました。
プロ青が凄い。
「死んでもお互い、恨みっこなしだぜ」
津田のセリフであったそうです。津田は夜にひどく目が見えづらかったのだそうで、このマンホールへ至る間に田んぼに落っこちて、おろおろするのを中川のおっさん達に「お前、帰れ!」「いや、連れていってくれ。頼むから」と、やってきていたのでした。

15人は一列になって、マンホール内の小さな鉤型の手かがりを伝って数メートルを登り、丸い、横に伸びる側溝に這いこみます。ここにきてようやく数時間ぶりにうすぼんやりとした明かりを見ることができました。
後ろからブツが送られ、それを出口になる集水口の向こうに伸びる側溝へ押し込み、最初に飛び出す先頭の藤田がその集水口の真下に位置しました。

時計を見て、飛び出す時間を量る。‥‥‥しかし、不思議なことがあります。このとき、二番目に位置した平田は、後方から前方へ頭上を通りすぎていく人の話し声を聞いているというのですが、藤田にはその記憶がないといいます。

午後1時、藤田はバールで集水口の碁盤になった鉄の蓋を抉じ開けようとします。
うまくいきませんでした。やがて彼はヘルメットを脱ぐと、慎重にバランスをとっておでこと両腕で一気に持ち上げたのでした。
すぐさま飛び出した藤田は「牧歌的な状況」に驚いた。空にはひばり、出口すぐそばにある信号機のカチカチという機械音を聞いていました。
二番目の平田はその声、音を聞いていないといいます。本当に人間がある状況の中で、認識するもの記憶するものというのは、個人差があって不思議なものです。

5人が飛び出してから、前田がブツを下から必死に上に持ち上げて、先の5人に渡しました。こういうところをきちっと自らやるところが前田なんですよ。
次々とメンバーが出てきていたのですが、途中で制服の警察官が小走りにこちらへやってきました。
震えながら、銃を構えて。

仲間が出てくるまで5、6mの距離で対峙しながら、先に出たメンバーは時間を稼いでいました。前田は出てくる人数を数えていたといいます。
管制塔組は半円に囲む警官を一気に蹴散らして突っ走りました。と、いってもどの方向か事前にシュミレーションしていた前田以外、他のメンバーは全然分かりませんから、「こっちだ!」の声に従うほかになかったのですが。
最後の中路はまだ体半分しか地上に出ていませんでした。
ただ、制服警官は、管制塔組が走り始めたとたんに「い、いかん!」と絶叫したのです。
そう、俺たちが向かうのは管制塔。

行く手に煙が上がっているのが見えました。
管制塔が建つ管理棟敷地に入ったとき、突っ走る15人の目の前に、異様なものがぬっと立ち上がりあがりました。消火液をかけられ真っ白になった人でした。
1時きっかりに、9ゲートから突入したトラック部隊のメンバーです。
トラックに積んであったガソリンに引火し、それが燃え移って全身を焼いた仲間です。
消火液をかけていた警官は、消火器を放り捨てて、管理棟へと本当に脱兎のごとく逃げました。
真っ白になった9ゲート部隊のメンバーも、管制塔組の後を追ってまた走り、管理棟の中で逮捕されたといいます。

管理棟1階に管制塔組が走りこんだとき、警備本部は解体したようです。
9ゲートからトラック2台で突っ込こまれ、慌てふためいた警備本部がやや持ちなおして、ふと心理的な空白ができていたのではないかと思います。
そこへ2撃目が加えられました。
その瞬間に警備本部のえらいさんたちは、蜘蛛の子を散らすように現場から逃亡したのでした。管制塔組が突入した管理棟1階の真上、2階の空港署に警備本部が置かれていたからです。

1階ロビーで5人が警察官と対峙して頑張る間に、10人がエレベータに乗りこみ、上へと向かいました。
こうして、管制塔占拠が開始されていったのでした。

remol




1978.3.26管制塔占拠 | comments(2) | trackbacks(0)

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この記事に対するコメント

そういえば今日が占拠の日だったなぁ、と思って覗いてみたら案の定。

こちらも今宵は良い天気です。やはりお懐かしいですか?
愛知の一学生 | 2009/03/26 11:56 PM
愛知の一学生さん、こんばんは。

懐かしいという感情よりも、う〜ん、なにか森閑とする、ちょっと厳粛な気持ちになる、というのに近いでしょうか。

自分でも不思議な感情ですが、自分を賭けたことより、いざとなったときの人々の凄さに、向き合ってしまうという感じかな。
死んでいった仲間のことも、思い返されてね。
remol | 2009/03/27 10:42 PM
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