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成田空港・管制塔占拠をめぐる物語
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31年目の事故

成田空港でついに死者が出る事故が起きてしまいました。
「フェデラルエクスプレス」の貨物便が着陸に失敗して炎上し、二人のパイロットがなくなったのだという。

日テレNEWS 12時台は
「国交省によると、事故直前に着陸した別の航空機の機長から「着陸の際、風向きが突然変わる突風が吹いていた」という報告があり、これは事故機の機長にも着陸4分前に伝わっていたという。事故当時、最大で風速18メートルの北西の風が吹いており、事故機は強い風にあおられた可能性がある。」と伝えています。

痛ましい事故ですが、ひょっとして航空の専門家たちは、この事態を内心で恐れていたのではないかと思えます。三里塚に風が吹いたときの凄まじさは、30年前に通っていた者達にも、実感としてあるのです。

事故の起きたA滑走路(4000m滑走路)は、南北に伸びる最大の滑走路。何度もこのブログで書いてきたように、31年前に成田空港が無理無体に開港したとき、ただ1本のこの滑走路だけでした。
そのころ、空港建設側から強調されていたのが横風用滑走路の必要性でした。

成田は、アクセス、燃料輸送、空域など、そこで暮らす人々の生活権や生存権を脅かす根本的な問題のほかにも、たくさんの課題を抱えてきました。しかし、本当にあの地域が地形や気象からして、問題はなかったのだろうか、という疑問が頭から去りません。

赤い土埃を巻き上げて、縦横に荒れる三里塚の風を知っているものに、「横風も縦風もあるもんか」と、実際、心配にもなったものです。今回の事故も、現段階の情報では、突然に風向きを変えた突風にあおられての事故のようです。
たとえ横風用滑走路があったとしても、この事故は起こったということになるでしょうか。

何度もいいますが、成田の建設計画はおそろしく杜撰です。
いつのまにか後景に退いた感のある横風用滑走路は、はじめから年に一桁台、それもかなり低いパーセンテージの使用予測でした。
そして、平行滑走路の建設を、またもや事業認定をご破算にするようなやり方で、角度や位置を変えてこれまた無理無体に建設を図ったのも、私の記憶ではアメリカ発「平行する滑走路が需要に応え、効率も良い」の要求だったと思います。
20年ほど昔、雑誌にこの論文が出たとき、私は瞬時に「成田の建設方針が変わる」と思いました。

どうにもこうにもならんいいかげんさを糊塗するばかりのやり方で、成田の安全はないがしろにされてきた、といっても間違いありません。

31年前の一瞬に、開港阻止・即廃港へと追い込めなかった自分達が、かえすがえすも残念でなりません。





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