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成田空港・管制塔占拠をめぐる物語
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要塞づくり(1)

 みなさま、年の暮れであります。
 31年前のちょうど今頃、横堀に要塞が作られておりました。全国からやってきた学生や労働者が、要塞の基礎作りのためにただただ穴掘りしていたのです。学生の多くは、要塞建設隊として現地に駐留して、三交代で作業を続けていました。
 要塞建設と、年が明けて二月の要塞戦がなければ、三月の開港阻止決戦の勝利はなかったといってもいい。横堀部落に作られた要塞はそれほど重要な役割を果たしました。

 要塞づくりについて、少し振り返っておきましょう。

 77年の春から夏まで、三里塚闘争の焦点は、空港南側の岩山部落にありました。先述したとおり、まず岩山大鉄塔防衛による開港を阻止闘争の構想。第二に、鉄塔が闇討ちにあってからは、タッチ&ゴーを繰り返す飛行訓練を阻止するために、四千メートル滑走路の延長上に位置する岩山部落、朝倉部落あたりで、アドバルーンを揚げては機動隊と鬼ごっこをやったり、トラックで空港ゲートへ乗り付けて、一踊りしたりするというゲリラ戦が行われていたのです。

 5・8戦闘、つまり鉄塔が倒されたことに抗議する実力行動は、空港東南側のわき腹に位置する第5ゲート前で展開されたものです。
 実はこの位置関係も重要だったと思います。また、書く機会があると思いますが、空港反対運動の組織的な拠点としてあった千代田農協の傍で5・8闘争は闘われたのです。
 せめぎ合いの主戦場は、滑走路の延長上にあった岩山・朝倉から、当時の道に沿えば、空港東側を北上し菱田の辺田部落をすぎて、横堀部落へと移って行ったのでした。
 
 要塞は当初、鉄塔跡地の岩山要塞と、横堀の横風用滑走路予定地のど真ん中に建設が構想されました。岩山は目的を果たして完成したのですが、問題は横堀にありました。横堀の当初の予定地は、空港反対同盟の瀬利誠副委員長の家があったところです。
 反対同盟という組織は実におもしろいというか、知恵があるのです。一見、せめぎ合いに負けているように見えても、次の展開の備えて手が打ってある。転んでもタダでは起きない。瀬利副委員長が土地を売って、横堀の地を去ったときも、この宅地は、後の反対同盟の代表になる横堀部落の熱田一さんに、土地の名義が書き換えられていました。。

 要塞の準備が開始された当時は、インターの横堀団結小屋として利用されており、常駐者がおりました。ここで最初の「穴掘り」が開始されました。
 これは大変でした。とにかくここには「妨害物は建設させない」という警備の意図が、現実の介入としてギリギリとやってきたのです。

 やがて横堀要塞の建設地は、もう少し北東へ移動します。インター横堀団結小屋が横風用滑走路のど真ん中だとしたら、新しい建設予定地はこの滑走路に接する、もう一本の滑走路(4000mに平行する2500mの滑走路)の延長上に位置する場所です。
 辺田部落の三ノ宮さんの所有する畑の一角でした。
 71年の代執行後、自ら命を絶った三ノ宮文男さんの家が、この土地を反対運動のために提供し、ここで、これより2ヵ月後に壮絶な二月要塞戦が闘われることになるのです。

remol
1978.2.6二月要塞戦 | comments(2) | trackbacks(0)

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この記事に対するコメント

要塞建設から2.6…「これで私は一生を棒に振りました」って、私は後悔してませんけれど。

おかげでもう一つも二つも…いっぱいの出会いがありましたし。

77年12月横堀団結小屋の庭に深く深く穴を掘り、要塞建設の準備をしているころ…毎晩毎晩、権力が妨害にやってきましたね〜。穴掘りながらのたわいもない言い合いから「ケンカ」に…北海道の、ね!
2045 | 2009/01/11 10:51 PM
深かったですねぇ。下から見上げては、どうなるのかと思っていましたから。

噂がありましたね。
「壁の厚さ1m。高さ数十m。完成したら難攻不落、どうにもならん要塞」と。
たぶん、転進先の要塞は少し規模の小さいものになったのでしょう。

そうか、2045号さんは北海道でしたか。
「ケンカ」って、ヒグマなみだったのかな。
remol | 2009/01/14 12:11 AM
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